流寓

スパークリング自我形成

やまいときから

昨日久しぶりに母親と同衾しました。本当は布団は別に用意してたんですが、予想以上に夜が冷えてしまい、夜中に寝ぼけながら母の横に滑り込みました。

あったかいなあ。

気持ち悪いなあ。

母への感情は言葉にし難いですが、「どこか遠くで元気にしていてほしい」なんだなと思いました。あなたの幸せは願っているけれど、わたしはあなたの近くにはいられない。わたしはあなたの横では眠れない。

それが早い段階で分かってよかったです。今回の手術、何かない限りは大事にはならないそうなので、いつか来る日の予習とでも思うことにします。そしてこれを書き留めたことを、書き留めた時の気持ちを、わたしは忘れないでほしいなと思います。

まあ忘れてしまうでしょうけど、忘れてしまったら思い出してください。

押入れの底に仕舞ってだめになった軟膏の匂い。




人生どうしようかなあ、と思っています。

人と生きることに真剣に向き合ってみました。無理でした。じゃあ一人で生きられるのと言われたら無理じゃないけど嫌だなあと思いました。

人が好きです。

こうやって人を好きと言えるようになったのはある人のお陰で、もしもその人がいなかったらわたしは人間不信を拗らせて死んでいたと思います。

言葉が好きです。

ある人の言葉に救われました。ある種、わたしの人生はあの人がその一言を言った時にもう終わってしまったと言っても良い。少なくとも今はそう思っている。これは秘密なんですけど、もう人生のクライマックスは終わったので消化試合なんですよ。

人生どうしようかなあ。

人と言葉と神さまが好きだから新興宗教でも立ち上げようかなあ。