流寓

スパークリング自我形成

ベターハーフの欠如

また無為に愛について語ったのでもうなんていうか早く滅びて塵になりたいです。

 

人を愛したことがありません。おそらくですが。そもそも愛というものの実存についてさえ私は懐疑的なのですが、それはまあ私が軽度の懐疑主義を患っているというだけの話なので割愛せねばなりません。批評家が何を生み出すのかについて口を開く権利、  今の私にはありませんのでね。

恋は下心愛は真心なんてシャレがありますけれどあれを適用するなら私はほとんどの人を愛していることになるんです。けど、それってやっぱり言葉尻をとらえたいい加減な定義です。愛って何だろう。多分理屈ぬきで名前をつけることができるタイプの情動なのだと思う。そうすると、私はやはり愛も恋もしたことがない。

孤高を気取っているわけじゃないんです。私だってできるなら誰かを愛したい。誰か気のおけない人とこれから長い時間を一緒に楽しく生きて、その人がいればなんだか完全無欠になったような気持ちになれたら最高です。ベターハーフってとても素敵な概念ですよ。

愛が理解できないので愛されるという感覚もわからないらしい。最近そのことが幽霊のようにずっとつきまとっている。私は愛されたいなんてひとつも思ってないくせに愛されないと嘆いていて、愛されていると頭で理解しても実感として得られない。心の不感症ですか?病院に行ってください。残念でした、とっくに精神科に通って何にもないって言われました。

 

2014年10月20日。誰に言っても信じてもらえないけれど私はあの日にやっぱり死んだのだと思うし、それから私はずっとずっと死んだままだ。ここにいる私は亡霊で、人と交わろうなんていうのが間違っている。